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【特別寄稿】ビル・フリゼールの話題のトリオ作『ヴァレンタイン』を、ギタリスト・井上銘が解説。

現代ミュージック・シーンの最重要ギタリストのひとりであるビル・フリゼールが、約2年間世界ツアーを共にし、絶大な信頼を寄せるトーマス・モーガン(b)とルディ・ロイストン(ds)を迎えた、ブルーノート移籍後初となるトリオ作『ヴァレンタイン』をリリースした。ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでの2週間のギグの直後に、盟友リー・タウンゼンドのプロデュースにより録音。叙情性と即興性が見事に同居する、3人のインタープレイが味わえる渾身の作品となっている。そんな話題の新作を、日本を代表するジャズ・ギタリストの井上銘が解説する。

文:井上銘


©Monica Jane Frisell


ここ数年、ますます精力的に新作のリリースを続けるビル・フリゼール。彼を外側から見ると、その佇まい、そして音色から、いつも柔らかな印象を周りに抱かせるが、その飽くなき音楽への探究心は留まるところを知らない。また、筆者の知る限りこの世界で最も美しくギターを響かせる達人であり、"間の美学"を誰よりも知る仙人のような存在でもある。その彼が、トーマス・モーガン、ルディ・ロイストンとのギター・トリオ編成での新作が、この『ヴァレンタイン』である。

ビルの久々のギター・トリオ作ということで、ワクワクした気持ちで再生した瞬間、突如始まるアーシーなサウンドにいい意味で予想を裏切られた。トーマス・モーガン、ルディ・ロイストンの地に足の着いたリズム隊との三者三様の絡み合いがとても心地よい。ビルのお家芸である芸術的なループ・エフェクトを用いて白熱していき、そのまま2曲目「アワー・グラス」に繋がっていく、このあまりにスムースな曲つなぎには、正直同じミュージシャンとして脅威を覚えざるを得ない。

アルバム・タイトル曲でもある「ヴァレンタイン」は、このメロディをアルバム・タイトル曲に持ってこれる相変わらずの攻めた姿勢に早くも目頭が熱くなった。そして、本当にこの人はギターを美しく響かせる人だ。ビルがアンサンブルに与える“間“は、いつも音楽を有機的に発展させる。聴けば聴くほどたくさんのことを教えてくれるギタリストだ。ここ長年活動を共にしているトーマス・モーガンのタイム感は、ビルと相思相愛感が滲み出ており、二人の硬い結束を感じさせる。各楽器のソロ・セクションの移り変わりが、あり得ないほど自然で圧巻だ。

「レヴィース」。ブルージーなナンバーが続く。もうこの時点で、このアルバムの世界にすっかり夢中である。地球に生まれて良かったと思わせてくれるような大陸的なグルーブ。これだけ大きなパルスを自在にコントロールするアンサンブルは、このトリオが“バンド”であることを強く感じさせる。全員が強い個性で独立していながらも、相手を尊重しあうような理想的なバンド・サウンド。嗚呼、気持ちの良い音楽だ。

当たり前のことを言いながらも、何か意味あり気な匂いを感じさせるタイトルの「ウィンター・オールウェイズ・ターンズ・トゥ・スプリング」。長く寒いアメリカの冬から、少しずつ暖かな春がチラリと顔を出し、それが繰り返していくような感じなのか。そんなサウンドに聴こえてくる気がする。ここで特筆したいのが、録音の素晴らしさで、コントラバスの芳醇な箱なりの響きをここまで感じさせる録音はなかなかないだろう。

ビルの人気曲の一つがこのトリオで再演された「キープ・ユア・アイズ・オープン」。予想外のイントロに思わず言葉をなくした。聴き馴染みのあるメロディが顔を出すが、まるで新たな曲のようなフレッシュ感。自身の楽曲をここまで新鮮に何度も生まれ変わらせているこの人のセンスと、飽くなき探究心に脱帽である。そして、やはりなんといってもとても素敵な曲だ。この曲をやってくれることで、喜ぶたくさんのファンの方々の顔が頭に浮かぶ。曲の終わりの最後の最後まで冒険心を忘れずにいながら、ひたすら美しい世界観。

 

Bill Frisell - Keep Your Eyes Open

「ア・フラワー・イズ・ア・ラヴサム・シング」は、ビリー・ストレイホーンの佳曲のカヴァー。ビルのジャズへの深い愛を感じさせるメロディ。美しい3人のアンサンブルは、アドリブ・パートであってもメロディへのリスペクトを強く感じる。ビル・フリゼールという音楽家は、外から見た印象は、(恐らく共演者にとっても)限りなく柔らかい感じながらも、実際の中身はとてつもない芯の強さを感じる。

「エレクトリシティ」は可愛らしさとエキゾッチクさを併せ持つようなギター・リフに、美しいベースが絡み合う。不思議な中毒性を感じるメロディ。僕にはわかる。この不思議なサウンドが徐々に癖になり、たくさん聴いてしまうであろう未来の自分が。ダイナミックに色彩を彩るルディ・ロイストンのドラムが凄まじい。

ここで、ピースフルなアメリカン・トラッドなサウンドの「ワゴン・ホイール」。ただひたすら気持ちの良い夢心地な音楽。ビルさんは、本当に優しい人なんだろうなと思わされるずっと変わらないこのサウンド。全く無理をしていない超自然体でありながら、ここまで個性を感じる人はこの人の他に知らない。

前曲からの、気持ちいい世界観を引き継ぎながら、少し毒味が足されていく「アント・マリー」。どこからがループで、どこからがオーヴァーダブなのかわからない見事な美しいギターサウンドに惹き込まれる。

「世界は愛を求めてる」は、バート・バカラックの名曲のカヴァー。ジャズにおける“スイング”の定義というのは、星の数ほど存在していて、また、個人間でその感覚は様々ではあると思う。僕は、この演奏が、とても“スイング”していると感じた。トリオが曲を大事にしながらも、エネルギーを注ぎ続けている。

 

ビルの過去作の再演となる「ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?」。アルバム後半に来て、このアコースティック・ギターのサウンドに癒される。美しい歌声のようなサウンドに再び目頭が熱くなる。

「勝利を我らに」。アフリカン・アメリカンの人々にとって、とても大切なプロテスト・ソング。筆者の友人のアフリカン・アメリカンのピアニストがいつもステージの終盤に演奏する曲。ここではビルが独自の感性でこの曲に新たな息吹を吹き込んでおり、アルバムの大団円的な演奏となっている。現在の世界の情勢へのメッセージを感じさせる選曲と素晴らしい演奏だ。
 

Bill Frisell - We Shall Overcome 


■リリース詳細
ビル・フリゼール
『ヴァレンタイン』

2020年8月14日(金) 世界同時発売
SHM-CD: UCCQ-1127  \2,860 (tax in)
購入・試聴はこちら https://jazz.lnk.to/Ourb5PR

■収録曲
01. ババ・ドゥレイム / Baba Drame
02. アワー・グラス / Hour Glass
03. ヴァレンタイン / Valentine
04. レヴィース / Levees
05. ウィンター・オールウェイズ・ターンズ・トゥ・スプリング / Winter Always Turns to Spring
06. キープ・ユア・アイズ・オープン / Keep Your Eyes Open
07. ア・フラワー・イズ・ア・ラヴサム・シング / A Flower is a Lovesome Thing
08. エレクトリシティ / Electricity
09. ワゴン・ホイール / Wagon Wheels
10. アント・マリー / Aunt Mary
11. 世界は愛を求めてる / What the World Need Now is Love
12. ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー? / Where Do We Go?
13. 勝利を我等に / We Shall Overcome
14. ダンス / Dance
15. バック・アット・ノーマル・スクール・イン・ニューアーク / Back at Normal School in Newark

*日本盤ボーナス・トラック

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